わたしは、娘を妊娠27週に帝王切開にて出産しました。出産予定日から3ヶ月以上も早い出産となり、640gの超低出生体重児で誕生しました。
流産、不妊治療を経て妊娠
20代半ばで結婚し妊活するも1年以上たっても妊娠できず。産婦人科に通院すると多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されました。その後不妊治療を経て妊娠するも流産してしまいました。
待望の妊娠だったので、流産したことがとても辛く落ち込みました。ちょうど職場に妊婦さんが多い時期だったこと、X線透視下での仕事があるため、妊娠したら業務内容が変わること(流産したためすぐに業務復帰)も精神的にダメージが大きく、思い切って退職し専業主婦になりました。
その後、退職して心に余裕ができたおかげか自然妊娠できて喜びました。
妊婦検診で指摘され、安静のために入院
うきうきしながら妊娠生活を送っていましたが、妊婦健診で胎児の成長が遅いと指摘され、早い段階から普通の妊婦健診よりも短い間隔で経過観察になりました。
その後も胎児の成長が遅いまま経過し、原因の精査と安静にして胎児の成長を少しでも促すために、早い段階で入院になりました。このとき、主治医からは「入院期間は未定で、このまま出産になる可能性もあるし、出産までに一度退院できるかもしれない」と言われていました。
入院中は、週に2回程じっくり時間をかけてエコーで診てもらっていましたが、何度エコーしても原因はわからないままでした。そして、主治医に年齢的に可能性は低いものの羊水検査を受けてみないかと提案されました。
羊水検査をすると胎児の染色体異常などの先天的な異常の有無を知ることができます。成長が遅い理由がわかるかもしれないと説明を受け、主治医からはっきりとは言われませんでしたが、まだ中絶できる時期だったため、もし異常があれば下ろす選択肢があると言われたように感じて、とても悲しい気持ちになりました。
羊水検査を受けるかとても悩みましたが、羊水検査は1000人に1人の割合で流産するリスクがあると聞き、検査を受けて万が一異常がわかったとしても、生んで育てたいという気持ちが強く、胎児に危険なことはしたくないと考え、羊水検査は希望しませんでした。
その後も安静生活が続き、子どもの名前を考えたり、初めてのブログを書き始めて暇潰しをして過ごしていました。(当時のブログは、サービス終了とともに消滅しています)
入院中の楽しみは食事とエコー検査だけだった
入院中は同室の方が出産していなくなり、次の人が入ってくることの繰り返しで、他の部屋からは生まれた赤ちゃんの泣き声が聞こえていました。
わたしはエコーを受ける以外は退屈で、食事とエコーしか楽しみがない状態でした。我が子への期待と不安でいっぱいの日々で、エコーの度に数gでも大きくなっていたら喜んだり、ほとんど増えていないときは心配になったりと、一喜一憂しながら過ごしていました。
そんなあるとき、主治医から説明を受けました。
- このまま胎児の成長がゆっくりだと、正期産までお腹で育てたとしても十分に大きくならず、生まれたあとの成長に影響する。
- 最近の研究では、お腹から出して育ててあげる方が良いと言われている。
- でも今は早すぎてリスクが大きいから、なるべくお腹の中で育てたい。
- 今後、胎児の心拍が落ちたり、成長が止まったままになれば出産しましょう。
先生からの説明の後、産婦人科病棟から母体胎児集中治療室(MFICU)へ移動になり、出産へのカウントダウンが始まったように感じました。
成長が止まった状態が2週間続いたら、出産した方が胎児のためになると言われても、まだいろんな器官が未熟なままなのに、このまま出産してしまったら超低出生体重児となるためどうなるんだろうと不安な日々を過ごしました。
初産ということもあり、この時点ではまだあまりお腹が大きくなっておらず、出産が近付いていることが信じられませんでした。
そして、妊娠26週6日、いつもと違う先生がエコーに同席され、胎児の成長が止まっているし、臍帯の血流がよくないようだから出産しましょうと言われて、翌日の帝王切開での出産が決まりました。
その時の胎児の推定体重は580gの超低出生体重児…ここまでよく頑張った!という気持ちと、まだ出産するには早いため不安も大きく、とにかく母子ともに無事に出産を終えることだけを考えていました。

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